かつては「強姦罪」や「強制性交等罪」として処罰されていた性犯罪について、近年、その法的枠組みが大きく変わりました。現在では、「不同意性交等罪」として新たな罪名のもとで処罰されています。
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平成26年(2014年)9月3日、女性の法務大臣が就任会見で、「強姦罪の法定刑が懲役3年以上である一方、強盗罪が懲役5年以上であるのはおかしい」と見直しを求める発言をしたことから、法務省で「性犯罪の罰則に関する検討会」が開催されることになりました。
そして平成29年(2017年)に、110年ぶりの性犯罪の大幅改正が行われ、①客体を「女子」から「者」へ男性も含まれるように変更し、②行為態様も「姦淫」から口腔性交や肛門性交も含む「強制性交等」に拡大し、③法定刑も強盗罪と同様の5年以上の有期懲役に引き上げ、④監護者わいせつ・監護者性交等罪を新設し、⑤性犯罪の親告罪規定を削除しました。
しかし、改正された強制性交等罪や準強制性交等罪では、要件として「暴行または脅迫」、「心神喪失」、「抗拒不能」がそのまま残されたため、このような規定では、それらの要件の解釈により犯罪の成否の判断にばらつきが生じてしまう余地があるとの指摘がされました。
しかも近年、性犯罪の告発、社会への発信が国内外で進み、性犯罪を厳罰化する諸外国の動きにも影響を受けて、性的な被害に対する日本社会の受け止め方にも大きな変化が見られるようになりました。
そのような折、平成31年(2019年)春に4件の無罪判決が相次いだことから、専門家や一般人から被告人を無罪とした裁判所の判断に強い抗議の声が寄せられ、フラワーデモが日本各地に広がったのです。
さらに、1審で確定した1件を除き検察官が控訴した3件は控訴審でいずれも有罪となったものの、裁判官・裁判体によって判断が異なるのは、刑法の規定に問題があるためだと指摘され、性犯罪被害者を支援する市民団体から多くの署名を添えた刑法改正を求める要望書が、また、地方公共団体等からも刑法改正に関する意見書が政府に提出されました。
その後、令和2年(2020年)に法務省「性犯罪に関する刑事法検討会」が組織され、「法制審議会刑事法部会(性犯罪関係)」での議論を経て、令和5年(2023年)2月に性犯罪規定見直しの要綱(骨子)案が法務大臣に答申され、その答申に沿って改正法案が作成され、閣議決定では「不同意」性交等罪等の罪名改称をしたうえで、改正法案が国会に提出され、同年6月の改正法成立に至ったのです。
その主な改正点は、①強制わいせつ罪・強制性交等罪における「暴行」・「脅迫」要件、準強制わいせつ罪・準強制性交等罪における「心神喪失」・「抗拒不能」要件の改正、②いわゆる性交同意年齢の引き上げ、③身体の一部または物を挿入する行為の取り扱いの見直し、④配偶者間において不同意性交等罪などが成立することの明確化です。
今回の改正では、強制性交等罪・準強制性交等罪が不同意性交等罪に改められ、「同意しない意思を形成・表明・全うすることが困難な状態」が中核的な要件として定められました。
また、被害者がそのような状態にあったかどうかの判断を行いやすくするため、その原因となる行為や事由についても、具体的に列挙されました。
以下では、不同意性交等罪の紹介、不同意性交等罪の成否、不同意性交等罪の刑罰、よくある事例などについて説明します。
不同意性交等罪とは
ここでは、定義、概要について説明します。
定義
不同意性交等罪とは、自由な意思決定が困難な状態にあるのに、被害者に対し性交等をした場合に成立する犯罪です。
ここでいう性交等とは、性交、肛門性交、口腔性交、または膣もしくは肛門に陰茎を除く身体の一部または物を挿入する行為であってわいせつなものをいいます。
刑法は、177条において、3つの場合に不同意性交等罪が成立するとしています。
- 所定の行為または事由を原因として、同意しない意思を形成、表明または全うすることが困難な状態にさせ、またはそのような状態にあることに乗じて性交等をした場合(要件Ⅰの場合)
- わいせつな行為ではないと誤信をさせ、行為者について人違いをさせ、または被害者がそのような誤信・人違いをしていることに乗じて性交等をした場合(要件Ⅱの場合)
- 被害者が13歳未満の者に、または、被害者が13歳以上16歳未満の者で、行為者が5歳以上年長であるときに性交等をした場合(要件Ⅲの場合)
概要
以下では、要件Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの3つの類型ごとに内容を説明します。
要件Ⅰの場合
要件Ⅰの場合の不同意性交等罪では、「同意しない意思を形成、表明または全うすることが困難な状態」になる原因として、「暴行・脅迫」のほかにも、「心身の障害」、「アルコール・薬物」、「フリーズ」、「虐待」、「立場による影響力」など様々な行為や事由が具体例として挙げられています。
また、これらの行為や事由は、それ自体の程度は問わないとされています。
なお、要件Ⅰの場合には、婚姻関係の有無にかかわらず、不同意性交等罪が成立します。
要件Ⅱの場合
人の錯誤を利用して、性交等をした場合に不同意性交等罪が成立します。
要件Ⅲの場合
16歳未満の者に対して性交等をした場合、「暴行」や「脅迫」などがなく、その者が同意しているように見える場合であっても、原則として、不同意性交等罪が成立します。
ただし、被害者が13歳未満の者である場合、または、被害者が13歳以上16歳未満の者で、行為者が被害者より5歳以上年長である場合には、被害者の同意の有無にかかわらず、行為者が被害者に対して性交等をすれば、不同意性交等罪が成立します。
被害者が13歳以上16歳未満の者で、行為者と被害者の年齢差が5歳未満の場合であっても、所定の行為または事由が原因となって、「同意しない意思を形成、表明または全うすることが困難な状態にさせ、またはそのような状態にあることに乗じて」被害者に対して性交等をした場合には、不同意性交等罪が成立することになります。
以上のことから、行為者と被害者がいずれも16歳以上の者の場合、被害者が13歳以上16歳未満の者で、行為者と被害者の年齢差が5歳未満の場合には、被害者の同意があれば、不同意性交等罪は成立しません。
不同意性交等罪の成否
ここでは、要件Ⅰの場合の「困難な状態の原因となる行為や事由およびそれに該当する行為や事由」、「同意しない意思」に関する要件について説明します。
不同意性交等罪が成立するためには、後述する「困難な状態の原因となる行為や事由」が認められ、これらの行為や事由により、「同意しない意思の形成、表明または全うすることが困難な状態」になっている必要があります。
したがって、判断の順序としては、第1段階で、困難な状態の原因となる行為や事由の有無が判断され、これが肯定された場合には、第2段階として、同意しない意思の形成等が困難な状態であるかが判断されます。
困難な状態の原因となる行為や事由およびそれに該当する行為や事由
以下、刑法177条1項の内容に沿って説明します。
①暴行もしくは脅迫を用いること、またはそれらを受けたこと(1項1号)
行為者が被害者に対し、性交等の手段として暴行や脅迫を加える場合、または被害者が第三者から暴行や脅迫を受けた場合や、被害者が行為者から性交等の手段としてではなく、暴行や脅迫を受けた場合にも該当します。
②心身の障害を生じさせること、またはそれがあること(1項2号)
行為者が被害者に対し、脅迫以外の手段で、急性ストレス反応などの一時的な精神症状を生じさせる場合、または被害者が身体障害、知的障害、発達障害および精神障害を有している場合です。
③アルコールもしくは薬物を摂取させること、またはそれらの影響があること(1項3号)
行為者が被害者に対し、アルコールや薬物を摂取させる場合、または被害者が第三者からアルコールや薬物を摂取させられ、あるいは、被害者自らがアルコールや薬物を摂取して、それらの影響を受けている場合です。
④睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること、またはその状態にあること(1項4号)
行為者が被害者に対し、催眠術を用いるなどして、意識がはっきりしない状態にさせる場合、または被害者が眠っていて意識が失われている状態にある場合です。
⑤同意しない意思を形成し、表明し、または全うするいとまがないこと(1項5号)
被害者が、不意をつかれ、性交等がされようとしていることに気づいてから、性交等がされるまでの間に、その性交等について自由な意思決定をするための時間のゆとりがない場合です。
⑥予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、もしくは驚愕させること、またはその事態に直面して恐怖し、もしくは驚愕していること(1項6号)
行為者が、性交等を求められるとは予想していない被害者に対し、2人きりの密室で執拗に性交等を迫ることで被害者を激しく動揺させる場合、または被害者が予想外のもしくは予想を超える事態に直面したことから、自分の身に危害が加わるかもしれないと考え、極度に不安になったり、強く動揺して平静を失った状態にある場合です。
⑦虐待に起因する心理的反応を生じさせること、またはそれがあること(1項7号)
被害者が行為者から虐待を受けたことによって、行為者に対する恐怖心を生じさせる場合、または被害者がすでにそのような心理状態にある場合です。
⑧経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること、またはそれを憂慮していること(1項8号)
行為者の経済的・社会的な優越的地位における影響力によって、被害者やその親族等に不利益が及ぶことを不安に思わせる場合、または被害者がそのような不利益が自らやその家族等に及ぶことを不安に思っている場合です。
⑨その他これらに類する行為、または事由(1項柱書)
上述した1項1号から8号までの行為または事由は、例示類型であり、これに加えて、1項柱書において、「これらに類する行為または事由」も含まれることになります。
「同意しない意思」に関する要件
「同意しない意思」に関する要件について、状況ごとに分けて検討してみましょう。
①「同意しない意思を形成することが困難な状態」について
「同意しない意思を形成することが困難な状態」とは、たとえば、気絶している場合、眠っていて意識がない場合、障害がある場合、継続的な虐待を受けていた場合などのように、性交等をするかどうかを考えたり、決めたりするきっかけや能力が不足していて、性交等をしない、したくないという意思を持つこと自体が難しい状態をいいます。
②「同意しない意思を表明することが困難な状態」について
「同意しない意思を表明することが困難な状態」とは、たとえば、口を塞がれている場合、混乱や精神障害などから意思の表明ができない場合、恐怖や驚愕により嫌だと言葉にできない場合(フリーズ状態)などのように、性交等をしない、したくないという意思を持つことはできたものの、それを外部に表すことが難しい状態をいいます。
③「同意しない意思を全うすることが困難な状態」について
「同意しない意思を全うすることが困難な状態」とは、たとえば、性交等をしない、したくないという意思をいったん表明したものの、恐怖心などからそれ以上のことができない場合、同意しない意思を表明したものの、行為者に押さえつけられて抵抗できない場合などのように、性交等をしない、したくないという意思を外部に表すことができたものの、その意思のとおりになることが難しい状態をいいます。
不同意性交等罪の刑罰
不同意性交等罪の刑罰は、5年以上の有期懲役(有期拘禁刑)です。
なお、上記の有期懲役は、令和7年(2025年)6月1日(改正刑法施行日)から「有期拘禁刑」に表記が変更になります。
よくある事例
不同意性交等罪でよくある事例は、以下のとおりです。
男子学生が酩酊状態にある女子学生に対し性交に及んだケース
男子学生が、サークルの歓迎会で飲みすぎ、酩酊して前後不覚の状態にある女子学生をホテルに連れ込んで性交をすれば、不同意性交等罪が成立します。
この場合は、女子学生がアルコールの摂取による影響を受けていることに乗じて性交をしていることから、上述した1項3号の類型にあたります。
行為者が自らアルコールを摂取させなくても、被害者がその影響下にあることを知りながら、性交をした場合も含まれます。
男性マッサージ師が施術中の女性の膣内に指を挿入したケース
男性マッサージ師が施術中の女性に劣情を催し、性交に及ぼうとして、いきなり女性の膣内に指を挿入したところ、女性に抵抗されたため、性交を断念したとしても、不同意性交等罪が成立します。
この場合は、女性が性交等に同意しない意思を形成するいとまのないうちに指の挿入が行われていますから、上述した1項5号の類型に該当するといえます。
女性の膣内に指を挿入することも、性交等の行為にあたります。
夫が恐怖心を抱いている妻に対し性交に及んだケース
夫が妻に対して、日ごろから暴言を吐いたり、暴力を振るうなどして、何でもいうことを聞かせられる状態にしていた際に、恐怖心を抱いている妻に対し性交をすれば、不同意性交等罪が成立します。
この場合は、妻の状態が、婚姻関係にあっても、DV(ドメスティックバイオレンス)などの虐待に起因する心理的反応によるものといえますので、上述した1項7号の類型に該当します。
女性が嫌悪する相手女性の膣内に物を挿入したケース
ある女性が、強い敵対心や嫌悪感を抱いていた相手の女性が自宅を訪れた際、嫌がらせをしようと考え、いきなりその女性を押し倒して抵抗を抑え込み、衣服を脱がせたうえで、膣内に物を挿入した場合、不同意性交等罪が成立します。
従来の性交等は、性交、肛門性交または口腔性交でしたが、改正刑法では、これらに加え、膣もしくは肛門に陰茎以外の身体の一部(手指など)や物(特に限定はないと解されます)を挿入する行為が性交等に含まれます。
このような拡張により、女性から女性への性交に類似する行為が性交等の対象に含まれることになりました。
まとめ
不同意性交等罪で逮捕された場合、不安や疑問が募ることと思います。被疑者の早期釈放や不起訴を目指すためには、できるだけ早く弁護士に相談することが重要です。
弁護士は、事件の内容に応じた最適な戦略を立て、捜査機関や裁判所に対して適切に働きかけます。経験豊富な弁護士であれば、起訴・不起訴の見通しについても具体的なアドバイスを受けることができ、被疑者に有利な結果を引き出す可能性が高まります。不同意性交等罪でお困りの際は、ぜひ当事務所にご相談ください。