痴漢で逮捕された場合、この後どうなるのかと不安に感じる方も多いでしょう。
性犯罪に対する社会一般の評価から、痴漢についても厳しい非難は免れません。
以下では、痴漢はどのような罪になるか、痴漢の罰則、よくある事例などについて説明します。
痴漢はどのような罪になるか
痴漢とは、人に対して性的な言動や卑わいな行為などの性的な嫌がらせをすることをいいます。
たとえば、以下のような行為は痴漢にあたります。行為の相手は女性に限りません。
- 電車やバスの中で、着衣の上から女性の胸を触る
- 電車やバスの中で、女性の太ももやお尻をなでまわす
- 電車やバスの中で、自身の身体や股間を女性に押しつける
- 電車やバスの中で、女性の下着の中に手を入れる
- 電車やバスの中で、至近距離から女性の首筋や耳に息を吹きかける
- 電車やバスの中で、背後や横など近くに立ち、女性の髪や首筋の匂いを嗅ぐ
このような痴漢には、東京都の「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等に関する条例」(以下「都条例」といいます)5条1項1号・3号に該当する痴漢(以下「都条例違反の痴漢」といいます)と、刑法176条のわいせつな行為に該当する痴漢(以下「不同意わいせつの痴漢」といいます)の2種類があります。
この場合に成立する罪は、それぞれ、都条例違反の罪、不同意わいせつ罪になります。
そこで、それぞれの痴漢について見てみましょう。
都条例違反の痴漢
都条例違反の痴漢は、都条例5条1項の「何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であって、次に掲げるものをしてはならない」にいう、1号の「公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること」および3号の「前2号に掲げるもののほか、人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること」に該当する行為をした場合に成立します。
卑わいな言動とは、「社会通念上、性的道義観念に反する下品でみだらな動作をいう」と解されています(最高裁判所・令和4年12月5日決定参照)。
都条例違反の痴漢は、公共の場所または公共の乗物で行われた場合に該当します。
公共の場所とは、道路、公園、駅、公衆浴場、ショッピングモールなど、不特定かつ多数の人が自由に利用できる場所をいいます。
公共の乗り物とは、汽車、電車、バス、船、飛行機など、不特定かつ多数の人が同時に自由に利用でき、公共の用に供される乗物をいいます。
都条例の構成要件に照らせば、駅のホーム、電車やバス内において、着衣の上から女性の胸部や臀部に触れたり、露出している女性の肌に直接触れる行為、至近距離から女性の首筋や耳に息を吹きかける行為は、都条例違反の痴漢にあたるといえます。
不同意わいせつの痴漢
不同意わいせつの痴漢は、自由な意思決定が困難な状態にある相手に対して、わいせつな行為をした場合に成立します(刑法176条1項)。
ここでいう「自由な意思決定が困難な状態」とは、刑法176条1項柱書の「同意しない意思の形成、表明または全うすることが困難な状態にさせる」または「そのような状態に乗じて」を指します。
また、「わいせつな行為」とは、性欲を刺激、興奮または満足させる行為であり、普通人の性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する行為を指すとされています。
都条例違反の痴漢との違いとして、不同意わいせつの痴漢が問題となる主なケースは、刑法176条1項の1号から8号のうち、特に1号、3号、4号、5号、6号に該当する場合が多いと考えられます。
- 1号(暴行もしくは脅迫を用いる場合)
- 「暴行」とは、人の身体に向けた不法な有形力の行使をいいます。
- 「脅迫」とは、他人を畏怖させるような害悪の告知をいいます。
- いずれも、相手の抵抗を著しく困難にする程度が必要です。
- 3号(アルコールの影響を受けた状態を利用)
- アルコールを摂取し、その影響を受けている相手の状態を利用する場合です。
- 4号(睡眠中など意識が明瞭でない状態を利用)
- 相手が眠っているなど、意識が失われている状態を利用する場合です。
- 5号(同意しない意思を形成・表明するいとまがない状況を利用)
- すれ違いざまに突然相手の胸部を触るなど、相手に同意しない意思を形成・表明する時間的余裕がない場合です。
- 6号(予想外の事態に直面し、恐怖や驚愕している状態を利用)
- 人気のない夜道で突然出くわし、激しく動揺している相手の状態を利用する場合です。
これらの要件に該当する場合、以下のような行為は不同意わいせつの痴漢に該当します。
- 着衣の中に手を入れて陰部に触る
- 手指でもてあそぶ行為
- 自己の陰部を繰り返し押し当てる
- 乳房をもてあそぶ行為
- 相手の意思に反して接吻をする
- 酔っている、あるいは眠っている相手の乳房を触る
- すれ違いざまに突然相手の胸部を触る
- 人気のない夜道で突然相手の前に飛び出し、不意を突いて胸部を触る
両痴漢の違い
都条例違反の痴漢と不同意わいせつの痴漢の違いは、これまで一般的に、犯行の態様から判断されてきました。具体的には、着衣の上からなでまわすなどの行為は都条例違反の痴漢にあたり、相手の意思に反して着衣の中に手を差し入れて体を触る行為は不同意わいせつの痴漢に該当するとされていました。
しかし、刑法改正により不同意わいせつ罪の要件が見直されたことで、こうした区別はより難しくなっています。今後は、まず「困難な状態の原因となる行為や事由」があったかどうかを判断し、それが認められた場合には、次に同意しない意思の形成や表明が困難な状態にあったかどうかを判断するという、二段階の判断が必要になります。この流れで、不同意わいせつの痴漢の成否が決まることになります。
実務上、痴漢事件では、犯行態様によって都条例違反の痴漢か不同意わいせつの痴漢かが選択されます。不同意わいせつの痴漢の要件を満たさない場合は、都条例違反の痴漢に該当することになります。
たとえば、着衣の上から相手の陰部や乳房に単に触れただけであれば、相手が同意しない意思を形成・表明することが困難な状態だったと判断するには疑いが残るため、不同意わいせつの痴漢は成立せず、都条例違反の痴漢にとどまると考えられます。
このように、特に厚手の着衣の上から触れる行為は、薄手の着衣の場合と比べ、より強い、あるいは悪質な態様でなければ、不同意わいせつの痴漢は成立しにくいといえます。
なお、都条例違反の痴漢は、公共の場所や公共の乗物で行われた場合に限定されますが、不同意わいせつの痴漢は、場所を問わず成立します。
痴漢の罰則
痴漢の罰則は、下記表の痴漢の区別、罪名、罰条に対応するとおりです。
罰則に記載されている懲役は「拘禁刑」と表記されるようになります。この変更は、令和7年6月1日(改正刑法施行日)から適用されます。
痴漢の区別 | 罪名 | 罰条 | 罰則 |
都条例違反の痴漢 | 都条例違反の罪 | 都条例8条1項2号 | 6か月以下の懲役(拘禁刑)または50万円以下の罰金 |
都条例8条8項 | (常習)1年以下の懲役(拘禁刑)または100万円以下の罰金 | ||
不同意わいせつの痴漢 | 不同意わいせつ罪 | 刑法176条 | 6か月以上10年以下の懲役(拘禁刑) |
痴漢の区別 | 都条例違反の痴漢 |
罪名 | 都条例違反の罪 |
罰条 | 都条例8条1項2号 |
罰則 | 6か月以下の懲役(拘禁刑)または50万円以下の罰金 |
罰条 | 都条例8条8項 |
罰則 | (常習)1年以下の懲役(拘禁刑)または100万円以下の罰金 |
痴漢の区別 | 不同意わいせつの痴漢 |
罪名 | 不同意わいせつ罪 |
罰条 | 刑法176条 |
罰則 | 6か月以上10年以下の懲役(拘禁刑) |
よくある事例
痴漢でよくある事例は、以下のとおりです。
電車の中で居合わせた女性のスマートフォンにわいせつな画像や動画を表示させるケース
AirDrop(エアドロップ)痴漢が問題となるケースがあります。
AirDrop(エアドロップ)とは、iPhoneやiPadなどの端末に標準搭載されている機能で、約9メートル以内にある端末同士で画像や動画などのデータを送受信できるものです。
たとえば、満員電車の中でAirDropを利用し、わいせつな画像や動画を近くにいる女性のスマートフォンに送りつけ、画面に表示させる行為がこれにあたります。このような行為は、送信された女性の反応を楽しむことを目的として行われることが多いといわれています。
この行為は、見ず知らずの相手に突然わいせつな画像や動画を送りつける迷惑行為であり、一般に「AirDrop(エアドロップ)痴漢」と呼ばれています。ただし、通常の痴漢と異なり、相手の身体に直接触れるわけではありません。それでも、何らかの犯罪に問われる可能性はあります。
具体的には、AirDrop痴漢は、都条例5条1項柱書の「人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であって」、同条3号の「人に対し、公共の場所又は公共の乗物において、卑わいな言動をすること」に該当し、都条例違反の罪に問われることになります。
さらに、わいせつ電磁的記録頒布罪(刑法175条1項)が成立する可能性もあります。
触らない痴漢のケース
公共の場所や公共の乗り物において、次のような行為をした場合も、痴漢行為として問題となります。
- 卑わいな言葉をかける
- 混んでいないのに背後や横に密着する
- 至近距離から首筋や耳に息を吹きかける
- 背後や横など近くに立ち、髪や首筋の匂いを嗅ぐ
- 自分の持ち物を相手の身体に押し当てる
これらの行為は、俗に「触らない痴漢」と呼ばれています。
これらのケースでは、被害者が「ひどくはずかしい」「不安を覚える」と感じる行為であり、かつ卑わいな言動と評価された場合、都条例違反の罪として処罰される可能性があります。
痴漢に関し発付される令状のケース
痴漢したとして現行犯逮捕された被疑者が、犯行を否認している場合には、被疑者あるいは被害者から、手や着衣に付着した繊維片や皮膚片、体液等といった微物を採取することも、重要な証拠収集ということになります。
実務では、捜索差押許可状が発付されます。
その場合の記載例は、次のようになります。
「捜索すべき場所、身体または物」の欄には、たとえば「被疑者の両手指、両手掌および両手背部ならびに着衣」などと、「差し押さえるべき物」の欄には、たとえば「被疑者の両手指、両手掌および両手背部に付着した繊維片、皮膚片および体液等の微物」、あるいは「被疑者の両手指、両手掌および両手背部に付着した微物」などと記載することになります。
繊維片等の微物の採取方法は、粘着テープ様のものを指等に押し当てて行うとされています。
痴漢の犯人を特定するケース
被害者から提出された被害届によって犯人が特定されていない場合、次のような方法で犯人特定のための捜査が行われます。
まず、被害者の衣服や体に付着した汗や指紋などを分析し、その結果を確認します。加えて、防犯カメラ映像の確認やその分析結果、これらの結果と被害者や目撃者の供述内容との照合も行われます。また、交通系ICカード(特に定期券タイプ)の履歴や利用情報も確認されます。
こうした捜査の結果、犯人が特定され、逮捕の必要性があると判断された場合には、裁判官から逮捕状の発付を受け、被疑者を逮捕することになります。
まとめ
痴漢で逮捕された場合、不安や疑問が募ることと思います。被疑者の早期釈放や不起訴を目指すためには、できるだけ早く弁護士に相談することが重要です。
弁護士は、事件の内容に応じた最適な戦略を立て、捜査機関や裁判所に対して適切に働きかけます。経験豊富な弁護士であれば、起訴・不起訴の見通しについても具体的なアドバイスを受けることができ、被疑者に有利な結果を引き出す可能性が高まります。痴漢でお困りの際は、ぜひ当事務所にご相談ください。