インサイダー取引犯罪で逮捕されたら

インサイダー取引犯罪で逮捕されたら

インサイダー取引犯罪で逮捕された場合、所属する上場会社等での処分がどうなるのか、身体拘束がいつまで続くのかと不安に感じる方も多いでしょう。

被疑者のご家族も、検察官の処分や裁判所の判断が少しでも有利になるよう、刑事事件に精通した弁護士に依頼したいと願っていることでしょう。

そこで以下では、インサイダー取引とは誰が規制の対象となるのかどのような情報が規制の対象となるのかいつまで取引が規制されるのかどのような行為が規制の対象となるのかインサイダー取引犯罪で逮捕された後はどうなるのかインサイダー取引犯罪を含む金融商品取引法(以下「金商法」といいます)違反の罪の終局処理状況インサイダー取引犯罪の罰則最近問題となった事例などについて説明します。

なお、以下で引用する金商法の条文は、条文番号のみを掲げています。

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目次

インサイダー取引とは

インサイダー取引とは、上場会社等の会社関係者が未公表の重要事実を知った場合に、その事実が公表される前に有価証券等を売買する行為をいいます。

たとえば、上場会社の役員が自社の会議に出席し、株価の上昇要因となる自社の合併情報を知りながら、公表前に自社株式を買い付けた場合、インサイダー取引の罪が成立します。 

上場会社の役員等は、職務を通じて一般の投資者が知りえない有益な情報を入手することができます。

このように一部の者だけがその情報を利用し、抜け駆け的に株式取引を行って利益を得ようとすれば、証券市場や証券取引の公平性・信頼性は損なわれてしまいます。

これが、インサイダー取引が規制される理由です。

誰が規制の対象となるのか

以下では、誰が規制の対象となるのか、すなわち規制対象となる「主体」について説明します。

規制の対象となるのは、会社関係者公開買付者等関係者、および情報受領者です。

会社関係者(166条1項)

会社関係者とは、主に以下の者を指します。

会社関係者
  • 上場会社等の役員、代理人、使用人その他の従業員(1号)
  • 上場会社等に対して帳簿閲覧請求権を有する株主(2号)
  • 上場会社等に対して法令に基づく権限を有する者(3号。たとえば監督官庁の職員)
  • 上場会社等と契約締結あるいは締結交渉している者(関与する弁護士等も含む)(4号)
  • 上場会社等の契約締結者等が法人である場合のその役員、代理人、使用人その他の従業員(5号)

なお、本稿では、元会社関係者(該当しなくなってから1年以内の者)も会社関係者として取り扱っています(166条1項柱書後段)。

公開買付者等関係者(167条1項)

公開買付者等関係者とは、以下の者を指します。

公開買付者等関係者
  • 公開買付者等の役員、代理人、使用人その他の従業員(1号)
  • 公開買付者等に対して帳簿閲覧請求権を有する株主(2号)
  • 公開買付者等に対して法令に基づく権限を有する者(3号)
  • 公開買付者等と契約締結あるいは締結交渉している者(4号)
  • 公開買付け等に係る上場等株券等の発行者およびその役員、代理人、使用人その他の従業員(5号)
  • 公開買付者等の契約締結者等が法人である場合のその役員、代理人、使用人その他の従業員(6号)

なお、本稿では、元公開買付者等関係者(該当しなくなってから6か月以内の者)も公開買付者等関係者として取り扱っています(167条1項柱書後段)。

情報受領者(166条3項、167条3項)

情報受領者とは、会社関係者や公開買付者等関係者から後述する情報の伝達を受けた者(たとえば家族や友人)を指します。 

ただし、情報受領者から情報を得た者(2次情報受領者)は処罰の対象とはなっていません。

どのような情報が規制の対象となるのか

以下では、どのような情報が規制の対象となるのかを、会社関係者と公開買付者等関係者に分けて説明します。

会社関係者の場合

会社関係者に関するインサイダー取引規制では、「重要事実」が取引の対象情報となります。

重要事実」とは、上場会社等に関して投資判断に影響を与える、次の4種類の事実を指します。

重要事実の種類
  1. 決定事実(166条2項1号)
  2. 発生事実(166条2項2号)
  3. 決算変動事実(166条2項3号)
  4. 包括条項(166条2項4号)

以下で、それぞれについて見てみましょう。

決定事実

決定事実とは、上場会社等の業務執行機関が、投資者の投資判断に影響を及ぼす重要な決定を行ったという事実をいいます。

重要な決定の例としては、以下のようなものが挙げられます。

重要な決定の例
  • 募集株式の発行
  • 資本金等の減少
  • 自己株式の取得
  • 株式の無償割当て
  • 株式分割
  • 株式交換、合併、事業譲渡などの企業再編行為など

これらの事実は会社経営の根本に関わるため、株価への影響も大きくなります。

そのため、決定事実がインサイダー取引の規制の対象情報とされています。

なお、上場会社等の子会社に関して株式交換、合併などの決定がされた事実についても、決定事実に含まれます(166条2項5号)。

発生事実

発生事実とは、上場会社等において、投資者の投資判断に影響を及ぼす重要な事実が発生したという事実をいいます。

重要な事実の発生の例としては、以下のようなものが挙げられます。

重要な事実の発生の例
  • 災害に起因する損害や業績遂行の過程で生じた損害
  • 主要株主の異動
  • 有価証券の上場廃止または登録取消しの原因となる事実など

これらの事実は、会社経営の前提を覆す可能性のある重要な事実といえます。当然、株価もこれらの事実の発生を受けて大きく変動することが見込まれます。

そのため、発生事実がインサイダー取引の規制の対象情報とされています。

なお、上場会社等の子会社に関して災害に起因する損害や業績遂行の過程で生じた損害などが発生した事実についても、発生事実に含まれます(166条2項6号)。

決算変動事実

決算変動事実とは、上場会社等の売上高、経常利益、純利益、余剰金の配当などについて、直近公表済みの予想値と最新の予想値または決算との間に差異が生じたという事実をいいます。

決算変動事実は、株式市場において投機筋を中心に非常に関心が高く、株価に直接影響を及ぼします。

そのため、決算変動事実がインサイダー取引の規制の対象情報とされています。

なお、上場会社等の子会社に関して上記のような差異が生じた事実についても、決算変動事実に含まれます(166条2項7号)。

包括条項

包括条項(いわゆるバスケット条項)とは、決定事実、発生事実、決算変動事実を除き、上場会社等の運営、業務または財産に関する重要な事実で、投資者の投資判断に著しい影響を及ぼすものをいいます。

なお、包括条項は、上記の決定事実等としてすべてを列挙することが不可能であるため、投資者の投資判断に影響を与える事実を包括的に規制の対象とする趣旨で設けられています。

公開買付者等関係者の場合

公開買付者等関係者に関するインサイダー取引規制では、公開買付け等の実施に関する事実、または公開買付け等の中止に関する事実(以下「公開買付け等事実」といいます)が対象となります。

公開買付けが発表されると、公開買付け価格に応じて株価が上昇するのが通常です。

一方、公開買付けの中止が発表された場合には、反動で株価が下落することが予想されます。

そのため金商法は、公開買付け等事実をインサイダー取引規制の対象情報としています(167条1項)。

いつまで取引が規制されるのか

インサイダー取引は、重要事実や公開買付け等事実が公表されるまで規制されます。

重要事実や公開買付け等事実の公表は、会社関係者等が株券等の取引を行うことが許可される基準時となります。

これは、重要事実や公開買付け等事実が公表されることで、その情報が市場に到達し、上場会社等の株式の市場価格に内部情報が織り込まれるためです。

結果として、会社関係者等が取引を行っても一般投資者との間で不公平が生じません。  

金商法上の「公表」とは、重要事実や公開買付け等事実を多数の者が知り得る状態に置く措置が取られた場合、または25条1項に規定する書類に記載され公衆縦覧がなされた場合をいいます。

多くの上場会社等は、公表措置として、金融商品取引所に重要事実や公開買付け等事実を通知し、適時開示する方法を採用しています(166条4項、金商法施行令30条1項2号)。 

どのような行為が規制の対象となるのか 

インサイダー取引の規制対象となる行為は、次の二つに大別されます。

規制対象となる行為の種類
  1. 有価証券等の売買等や株券等の買付け・売付け等
  2. 未公表の重要事実および公開買付け等事実の「情報伝達・取引推奨」

以下で、それぞれについて見てみましょう。

有価証券等の売買等や株券等の買付け・売付け等

未公表の重要事実を知った上場会社等の会社関係者は、重要事実が公表されるまで、上場会社等の有価証券等の売買等を行ってはならないとされています(166条1項柱書前段)。

また、未公表の公開買付け等事実を知った公開買付者等関係者は、公開買付け等事実が公表されるまで、公開買付け等の対象となる株券等の買付け・売付け等を行ってはならないとされています(167条1項柱書前段)。

「売買等」の例は、以下のとおりです。

「売買等」の例
  • 売買、有償の譲渡・譲受け
  • 合併・分割による承継
  • デリバティブ取引

なお、会社関係者や公開買付者等関係者から情報の伝達を受けた情報受領者も、同様に有価証券等の売買等や株券等の買付け・売付け等を行うことが禁止されています(166条3項、167条3項)。

「情報伝達・取引推奨」

会社関係者は、重要事実の公表前に、上場会社等の有価証券等の売買等を行わせることで他人に利益を得させ、または損失の発生を回避させる目的をもって、未公表の重要事実を伝達したり、売買等を勧めたりしてはならないとされています(167条の2第1項)。

また、公開買付者等関係者は、公開買付け事実の公表前に、未公表の公開買付け等の実施に関する事実については株券等の買付け等を行わせ、未公表の公開買付け等の中止に関する事実については株券等の売付け等を行わせることで他人に利益を得させ、または損失の発生を回避させる目的をもって、未公表の公開買付け等事実を伝達したり、買付け・売付け等を勧めたりしてはならないとされています(167条の2第2項)。

これらはいわゆる情報伝達・取引推奨の禁止です。情報伝達の規制は、インサイダー取引を予防するための規制として重要な意味を持っています。

インサイダー取引犯罪で逮捕された後はどうなるのか

インサイダー取引犯罪の身柄拘束状況については公表資料がないため、逮捕される割合は不明です。

しかし、インサイダー取引事件では、後述する「最近問題となった事例」のように在宅起訴となる例も多く、当初は任意で取調べが行われることが一般的です。

容疑を否認している場合や、利益額が高額で手口が巧妙な場合を除き、罪証隠滅や逃亡のおそれがなければ、在宅で捜査が進むケースが多いと考えられます。

インサイダー取引犯罪で逮捕されるのは、上述したように容疑を否認している場合や、罪証隠滅のおそれがある事案であると考えられます。

その場合、逮捕に続いて10日間の勾留が行われるのが原則です。

さらに、やむを得ない事情がある場合には、検察官の請求により、裁判官が10日以内の勾留期間の延長を認めることもあります。

インサイダー取引犯罪を含む金商法違反の罪の終局処理状況

2024年検察統計年報によれば、令和6年におけるインサイダー取引犯罪を含む金商法違反事件の検察庁終局処理人員は、以下のとおりです(同年報「8 罪名別・被疑事件の既済および未済の人員」参照)。

罪名総数起訴(起訴率)公判請求(起訴で占める率)略式命令請求(起訴で占める率)不起訴(不起訴率)起訴猶予(不起訴で占める率)その他(不起訴で占める率)
金商法違反14799(67.3%)87(87.9%)12(12.1%)48(32.7%)31(64.6%)17(35.4%)
罪名金商法違反
総数147
起訴
(起訴率)
99
(67.3%)
公判請求
(起訴で占める率)
87
(87.9%)
略式命令請求
(起訴で占める率)
12
(12.1%)
不起訴
(不起訴率)
48
(32.7%)
起訴猶予
(不起訴で占める率)
31
(64.6%)
その他
(不起訴で占める率)
17
(35.4%)

上記の数字によれば、インサイダー取引犯罪を含む金商法違反事件では、起訴率が7割弱となっており、不起訴率のほぼ倍であることが分かります。

なお、インサイダー取引犯罪の科刑状況に関する公表資料はありません。しかし、後述する「最近問題となった事例」の判決結果を見ると、前科がない場合には拘禁刑に罰金が併科されることが多いといえます。

また、インサイダー取引規制違反で得た利益は原則として没収または追徴されるため、拘禁刑には執行猶予が付されるのが一般的と考えられます。

インサイダー取引犯罪の罰則

インサイダー取引犯罪の罰則は、以下のとおりです。

罪名インサイダー取引
罰条金商法197条の2第13号
罰則5年以下の拘禁刑もしくは500万円以下の罰金、または5年以下の拘禁刑および500万円以下の罰金(併科)

最近問題となった事例

最近問題となった事例は、以下のとおりです。

元裁判官のケース

元裁判官は、金融庁に出向中、企業開示課課長補佐としてTOB(株式公開買付け)を予定する企業の書類審査を担当していた際、未公表の10銘柄に関するTOB情報を知り、株価上昇が見込まれたことから、高齢の両親や幼い子どものために金銭的余裕を得たいと考え、10銘柄・計1万1,800株を約950万円で買い付けたとして、金商法違反(インサイダー取引)の罪で在宅起訴されました。

判決は、懲役2年(執行猶予4年)、罰金100万円、追徴金約1,020万円でした。

証券取引所元職員らのケース

証券取引所元職員は、上場企業から相談を受ける「上場部開示業務室」に所属し、職務を通じて未公表のTOB(株式公開買付け)情報を知り得たところ、「父親との関係を改善したい」との思いから、父親の求めに応じて利益を得させる目的で、公開買付けに関する重要事実を父親に伝達したとして、金商法違反(情報伝達の違反行為)の罪で在宅起訴されました。

また、元職員の父親は、元職員から伝達された重要事実に基づき、3銘柄・計1万5,200株を約1,700万円で買い付けたとして、金商法違反(インサイダー取引)の罪で在宅起訴されました。 

判決は、元職員に対して懲役1年6か月(執行猶予3年)、罰金100万円、父親に対して懲役1年6か月(執行猶予3年)、罰金100万円、追徴金約2,116万円でした。

銀行元部長のケース

銀行元部長は、TOB(株式公開買付け)に関する未公表情報を業務を通じて知り、老後資金を得る目的で、3銘柄・計2万5,900株を約3,210万円で買い付けたとして、金商法違反(インサイダー取引)の罪で在宅起訴されました。

判決は、懲役2年(執行猶予4年)、罰金200万円、追徴金約6,000万円でした。

まとめ

インサイダー取引犯罪で逮捕された場合、不安や心配が募るのは当然です。

事案の内容によっては起訴が避けられない場合もありますが、検察官の略式命令請求や裁判所の執行猶予付き判決を目指すためには、できるだけ早く弁護士に相談することが重要です。

弁護士は、事件の内容に応じて最適な戦略を立て、検察官や裁判所に適切に働きかけることで、被疑者や起訴後の被告人に有利な結果を引き出す可能性を高めます。

インサイダー取引犯罪でお困りの際は、ぜひ当事務所にご相談ください。

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