殺人や殺人未遂で逮捕された場合、どのくらい身柄拘束が続くのか、また起訴されるのか不起訴になるのか、不安に感じる方も多いでしょう。
殺人・殺人未遂は、裁判員裁判の対象となる重大な犯罪です。
被疑者のご家族としても、検察の判断や裁判の結果が少しでも有利になることを願い、刑事事件に詳しい弁護士に早めに相談したいと考えるのが自然です。
以下では、殺人罪とは、殺意の意義と種類、殺意の認定、殺人罪の身柄状況、殺人罪の終局処理状況、殺人罪の判決結果、よくある事例などについて説明します。
なお、以下の統計の数値は、いずれも令和6年版犯罪白書(令和5年の統計)によるケースです。
殺人罪とは
以下で、殺人罪の成立、殺人罪の実行行為、殺害行為の形式について見てみましょう。
殺人罪の成立
殺人罪は、人を殺すことによって成立します(刑法199条)。殺人を犯した者は、死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑に処せられます。
殺人罪の実行行為
殺人罪の実行行為とは、故意に他人の生命を自然の死期よりも前に断つことをいいます。その手段や方法は問われません。通常は、凶器を用いるなどの有形的な手段によって行われますが、たとえば殺意をもって強い精神的衝撃を与え、相手を死亡させた場合など、無形的な手段であっても殺人罪が成立します。
殺人罪は、行為者が殺意をもって他人の生命に現実的な危険を及ぼす行動を開始した時点で「実行の着手」があったとされ、相手が実際に死亡したときに「既遂」となります。
一方、殺意をもって実行に移したものの、死亡に至らなかった場合には、殺人未遂罪となり、こちらも刑法203条により処罰の対象となります。
殺害行為の形式
殺害行為の形式には、作為犯、不作為犯、間接正犯があります。
以下で、それぞれを詳しく見ていきます。
作為犯
刑法199条の法文上は、作為形式で規定されています。作為による殺人には、刺殺、絞殺、射殺、毒殺、撲殺、水中に突き落とす方法による殺人、自動車を意図的に衝突させることによる殺人などがあります。
不作為犯
不作為を殺害行為と認めるには、他人の死亡という結果発生を防止する作為義務の存在が前提となります。
作為義務の根拠としては、法令、契約、先行行為、事務管理、慣習、条理等があげられますが、一般的・抽象的に論ずることはできず、具体的状況のもとで法益侵害を防止する義務が認められる必要があります。不作為による殺人の例としては、親が乳児に食物を与えずに餓死させる場合などがあります。
間接正犯
殺害行為は、間接正犯の方法でも行うことができます。間接正犯とは、他人をいわば道具として利用することにより、自ら犯罪を実行したのと同等の評価ができる場合に、利用者の正犯性を認めることをいいます。間接正犯による殺人には、たとえば、医師が患者を殺害しようとして、事情を知らない看護師を利用し、薬と偽って毒を患者に飲ませて毒殺する場合などがあります。
殺意の意義と種類
以下で、殺意の意義、殺意の種類について見てみましょう。
殺意の意義
殺意とは、自己の行為によって人の死の結果が生じることを意図し、またはそのおそれがあることを予見しながら認容することをいいます。
殺意の種類
殺意の種類には、確定的殺意と未必的殺意があります。
確定的殺意とは、「人を殺す」という結果が確実に起こると認識し、それを受け入れている場合をいいます。
未必的殺意とは、「人を殺す」という結果が起こる可能性があると認識しながらも、それでもかまわないと受け入れている場合をいいます。
殺意の認定
行為者の自白がある場合、それは殺意認定の直接かつ有力な証拠となります。行為者が殺意を否認している場合には、殺意の有無は、一般的に、情況証拠を総合して判断することになります。
殺意認定の基礎となる情況証拠
以下で、殺意認定の基礎となる情況証拠について見てみましょう。
創傷の部位
創傷の部位が身体の枢要部分(その損傷が場合によっては死の結果を招来する危険があると考えられる部分)に該当し、行為者においてその部分を認識しながら、あえて攻撃に出ていれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
創傷の程度
創傷の程度(打撃の強さや回数)が、死に至る可能性が高いほど深刻なものであり、しかもその程度が行為者にとって予想できる範囲内であった場合には、打撃がかなり強く、または何度も加えられたと推認されるため、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
凶器の種類
凶器が致命傷を与えるに十分な形状や性能を持ち、行為者において凶器の性能を認識していれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
凶器の用法
相手に強烈な打撃を与えるように凶器を使用(たとえば、力を込めて繰り返し凶器を使用)していれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
動機の有無
動機が相手に対し殺意を抱くに至ったと考えられるようなもの(たとえば、深刻な怨恨ないし憤懣の念)であれば、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
犯行後の行動
犯行後、相手の死の結果を回避する措置を採っていなければ、行為者において死の結果の発生を意に介していなかったわけですから、行為者に殺意があったことを示す情況証拠の1つとなります。
情況証拠による総合判断
これまでに挙げた情況証拠は、それぞれ単独で判断されるのではなく、互いに関連し合いながら、殺意の有無を判断する基準となります。殺意が争点となる場合には、これらの証拠を総合的に検討して判断することが求められます。
中でも特に重視されるのは、創傷の部位・程度、凶器の種類・使用方法です。
一方で、動機の有無や犯行後の行動は、殺意を認める際の補足的な材料にすぎないと考えられています。
殺人罪の身柄状況
検察庁既済事件の身柄状況(殺人罪)は、下記表のとおりです。
逮捕関係 | 勾留関係 | |||||||
総数(A) | 逮捕されない者 | 警察等で逮捕後釈放 | 警察等で逮捕・身柄付送致(B) | 検察庁で逮捕(C) | 身柄率(%) | 認容(D) | 却下(E) | 勾留請求率(%) |
1,098 | 694 | 3 | 400 | 1 | 36.5 | 399 | ― | 99.5 |
逮捕関係 | 総数(A) | 1,098 |
逮捕されない者 | 694 | |
警察等で逮捕後釈放 | 3 | |
警察等で逮捕・身柄付送致(B) | 400 | |
検察庁で逮捕(C) | 1 | |
身柄率(%) | 36.5 | |
勾留関係 | 認容(D) | 399 |
却下(E) | ― | |
勾留請求率(%) | 99.5 |
殺人罪には、嬰児殺および自殺関与の各罪を含みます。
身柄率は(B+C)÷Aで、勾留請求率は(D+E)÷(B+C)でそれぞれ求めます。
上記の数値から、殺人罪という罪名でありながら、逮捕されない者が6割以上に上り、身柄率が思いのほか少ないことが分かります。
殺人罪の終局処理状況
検察庁終局処理人員(殺人罪)は、下記表のとおりです。
総数 | 起訴(起訴率) | 不起訴(不起訴率) | 起訴猶予(不起訴で占める率) | その他(不起訴で占める率) |
931 | 255(27.4%) | 676(72.6%) | 34(5.0%) | 642(95.0%) |
総数 | 931 |
起訴(起訴率) | 255(27.4%) |
不起訴(不起訴率) | 676(72.6%) |
起訴猶予(不起訴で占める率) | 34(5.0%) |
その他(不起訴で占める率) | 642(95.0%) |
起訴率は、「起訴人員」÷(「起訴人員」+「不起訴人員」)×100の計算式で得た百分比、不起訴率は、「不起訴人員」÷(「起訴人員」+「不起訴人員」)×100の計算式で得た百分比のことです。
なお、殺人罪には、殺人予備、嬰児殺および自殺関与の各罪を含みます。
上記の数値から、殺人罪の不起訴率72.6%は、起訴率27.4%を大きく上回っていることが分かります。
ところで、令和5年検察統計年報によれば、不起訴の理由を見ると、不起訴人数676人のうち、起訴猶予は34人、嫌疑不十分は278人、嫌疑なしは188人、罪とならずは51人、心神喪失は55人、時効完成は3人などとなっています。
このように、殺人罪については、不起訴の理由が多岐にわたり、事件に至る背景には複雑な事情があることがうかがわれます。
殺人罪の判決結果
裁判員裁判対象事件第一審における殺人罪の判決人員(裁判内容別)は、下記表のとおりです。
総数 | 有罪(実刑) | 全部執行猶予(有罪の執行猶予率) | 無罪 | |||||||
無期 | 20年を超える | 20年以下 | 15年以下 | 10年以下 | 7年以下 | 5年以下 | 3年以下 | |||
196 | 5 | 10 | 26 | 30 | 33 | 22 | 20 | 5 | 41(21.4%) | 4 |
総数 | 196 | |
有罪(実刑) | 無期 | 5 |
20年を超える | 10 | |
20年以下 | 26 | |
15年以下 | 30 | |
10年以下 | 33 | |
7年以下 | 22 | |
5年以下 | 20 | |
3年以下 | 5 | |
全部執行猶予(有罪の執行猶予率) | 41(21.4%) | |
無罪 | 4 |
なお、殺人罪は、自殺関与および同意殺人の各罪を除きます。
上記の数値から、殺人罪で起訴された場合、当然のこととはいえ、実刑率が78.6%と高いことが分かります。
よくある事例
殺人・殺人未遂でよくある事例は、以下のとおりです。
殺意が問題となるケース
殺人罪が成立するためには、故意に殺害行為を行う必要があります。殺意は、殺人罪における故意の内容です。そして殺意は、行為者の認識に関するものですから、行為者が任意に供述し、信用できるものであれば、行為者の自白は殺意認定の直接かつ有力な証拠となります。
しかし、殺意が問題となるような事態は、それ自体異常かつ例外的な場合ですから、行為者においても相当高度の興奮状態にあるのが一般的です。当初から相手を殺そうという明白な意思ないし動機・目的がある場合(謀殺などの場合)を別とすれば、仮に正常な認識ないし判断能力を有する者であっても、行為当時の心理状態を正確に認識し、かつこれを記憶するということはかなり困難と思われます。
したがって、この点に関する行為者の供述のうちには、意識して自己の記憶に反する虚偽の事実を述べているのではなくとも、行為当時の情況(自己の心理状態以外の場面)を追想ないし聞知した結果から判断した意見にすぎないものもしばしば含まれていると考えられます。
以上のことからすれば、殺意が問題となるケースでは、殺意(特に未必的殺意)の認定は、自白に頼るのではなく、むしろ情況証拠を重視して判断するのが望ましいことになります。
自動車の利用による殺人のケース
人を殺害する手段として、自動車を利用したケースは比較的多く見られます。これは、自動車をあたかも凶器のように用いる方法です。
自動車を使った殺人の手法は、主に以下の4つに分類されます。
- 自動車を人や車両に衝突または接触させるもの
- 自動車に掴まっている者を振り落とすもの
- 交通事故の被害者をそのまま轢過したり引きずったりするもの
- 交通事故の被害者を車両に乗せて運搬・遺棄するもの
これまでの裁判例では、特に①および②の類型について、次のような事例が見られます。
①の例としては、殺害しようとした相手に向けて自動車を突進させたケースや、無免許運転や速度違反による逮捕を免れるために、交通取り締まり中の白バイに接触させて警察官を転倒させたケースなどがあります。
②の例としては、交通事故の被害者がダンプ車の運転席右側の取っ手を握って掴まっていたにもかかわらず、加害者が意図的に加速して振り落としたという事案などが挙げられます。
量刑判断が問題となるケース
裁判員裁判における殺人罪(未遂罪を含む)の量刑判断は、「行為責任の原則」に基づいて行われます。この原則は、被告人の犯罪行為に見合った責任を明らかにし、それに応じた刑を科すという考え方です。
具体的には、以下のような手順で量刑判断が行われます。
- 犯行内容(犯情)を重視:被害者との関係、被害の程度、共犯の有無、動機、使用された凶器など
- その他の犯情の考慮:精神症状、心神耗弱、被害者側の落ち度、薬物の影響、計画性、犯行後の行動など
※量刑への影響の大きさに応じて評価 - 犯情の総合評価により、責任刑の幅(量刑の基準)を設定
- 被告人固有の事情(反省の有無、前科、更生可能性など)を踏まえて、最終的な宣告刑を決定
このように、裁判員裁判では、犯罪行為に関する事情を最も重視しつつ、それ以外の要素もバランスよく取り入れて、最終的な量刑が決められています。
裁判所の「量刑検索システム」や公表されている「刑事事件量刑データベース」を参考に、裁判員裁判における殺人罪(未遂罪を含む)における量刑因子とカテゴリーを整理すると、下記表(①犯情・②一般情状)のようになります。
①犯情
量刑因子名 | カテゴリー名 |
被害者との関係 | 親、子、配偶者(内縁を含む)、その他の親族、交際相手、元配偶者・元交際相手、友人・知人、勤務先関係、関係なし、その他・不明 |
被害結果 | 死亡(1名)、死亡(2名)、死亡(3名以上)、未遂 |
共犯関係 | 単独犯、共犯(主導的立場、従属的立場、幇助犯) |
動機 | 怨恨、嬰児殺、介護疲れ、無理心中、家族関係(その他)、喧嘩、金銭トラブル、男女関係、保険金、憤怒、自己保身・発覚のおそれ、無差別殺人、わいせつ目的、背景なし・不明、その他 |
凶器等 | 自動車、薬物・毒物、刃物類、ひも・ロープ類、棒状の凶器、銃、凶器なし、その他 |
犯行場所 | 被告人住居内、被害者住居内、その他屋内、乗物内、路上・駐車場、その他屋外 |
精神症状 | うつ病、パーソナリティ障害、統合失調症、発達障害、その他の精神症状、なし |
心神耗弱、過剰防衛、被害者の落ち度、飲酒、薬物、計画性、組織性 | あり、なし |
犯行後の行為 | 罪証隠滅行為、死体損壊・死体遺棄、放火、窃盗・詐欺(未遂を含む)、逃亡、その他 |
②一般情状
量刑因子名 | カテゴリー名 |
前科・前歴 | あり(同種事案含む、同種事案含まず)、なし |
累犯前科、服役歴、反省、謝罪 | あり、なし |
示談 | 成立、未成立 |
損害賠償 | 意思あり、一部済み、全部済み、なし |
被害者感情 | 宥恕、一部宥恕、処罰 |
自首、通報 | あり、なし |
再犯可能性 | 高い、低い |
更生可能性、社会的影響、高齢、若年、真相解明の協力、同情の余地、不遇、身元引受け・更生支援体制、暴力団関係、情状証人 | あり、なし |
まとめ
殺人・殺人未遂で逮捕された場合、不安や疑問が募ることと思います。被疑者の早期釈放や不起訴を目指すためには、できるだけ早く弁護士に相談することが重要です。
殺人・殺人未遂は、裁判員対象事件であり重大な犯罪です。
弁護士は、事件の内容に応じた最適な戦略を立て、捜査機関や裁判所に対して適切に働きかけます。経験豊富な弁護士であれば、起訴・不起訴の見通しについても具体的なアドバイスを受けることができ、被疑者に有利な結果を引き出す可能性が高まります。殺人・殺人未遂でお困りの際は、ぜひ当事務所にご相談ください。