はじめに
電車を降りたところで突然、 「痴漢しましたよね。」 と声をかけられた。身に覚えがないと説明しても駅員室へ連れて行かれ、警察まで呼ばれてしまった。
あるいは、事件からしばらく経った後、突然警察から、 「痴漢事件についてお話を聞きたい。」 と連絡を受けた。
このような場合、
「やっていないのに逮捕されることはあるのでしょうか。」
「駅員室では何を話せばよいのでしょうか。」
「防犯カメラを確認すれば分かるのではないでしょうか。」
「否認していても不起訴になることはありますか。」
といった不安を抱える方も少なくありません。
痴漢事件では、被疑者が行為を認めている事件だけでなく、痴漢行為そのものを否認している事件もあります。
そして、否認事件では、自白事件とは弁護活動の方向性が大きく異なります。
特に重要なのが、本人の供述と、それを裏付ける客観的な事情をできるだけ早い段階から整理することです。
痴漢事件の多くは電車内、特に混雑した車内で発生します。
そのため、防犯カメラ映像などが存在していても、問題となった行為そのものが明確に映っているとは限りません。
結果として、被害者の供述と本人の供述が重要となる事件も少なくありません。
本記事では、痴漢をしていないにもかかわらず疑われた場合に、どのような点に注意すべきなのか、否認事件における供述や証拠、逮捕・勾留への対応、不起訴を目指すための弁護活動について解説します。
痴漢を否認していても捜査されることはある
「自分はやっていないのだから、事情を説明すればすぐに分かってもらえる。」 そう考える方もいます。しかし、本人が否認しているからといって、その時点で捜査が終了するわけではありません。
被害者から具体的な被害申告がなされている場合には、
- 被害者からの事情聴取
- 本人からの事情聴取
- 目撃者や同行者の確認
- 防犯カメラ映像の確認
- 当日の移動状況の確認
本人と被害者の言い分が異なる場合には、双方の供述内容やその信用性、その他の証拠などを踏まえて捜査が進められます。
したがって、 「やっていないと伝えればそれで終わる」 とは限りません。
一方で、被害申告がされたからといって、当然に犯罪が成立するわけでもありません。
否認事件では、当時の状況を一つずつ丁寧に検討していくことが重要です。
まず重要なのは事実関係を正確に整理すること
否認事件で最初に重要となるのは、本人が実際に何をしたのかを正確に整理することです。ご相談の際、 「絶対に何もしていません。」 とお話しされる方もいます。
もちろん、本当に全く身に覚えがないケースもあります。
一方で、詳しく事情を伺っていくと、
- 身体が接触した可能性はある
- 混雑していて手が相手に触れた可能性がある
- 相手の近くには立っていた
- 意図的な痴漢行為はしていないが、一定の接触自体はあった
また、弁護士と話をする中で、当初とは異なる事実関係を話される方もいます。
そのため、弁護士としても、相談者の最初の説明だけを前提として直ちに方針を決めるのではなく、当日の状況を詳しく確認することが重要です。
否認すべき事件なのか、事実を認めた上で示談等を進めるべき事件なのかによって、弁護方針は大きく異なります。
まずは弁護士に対して事実を正確に話し、その上で方針を検討することが重要です。
駅員室で安易に事実と異なる内容を認めない
痴漢を疑われた方は、突然の出来事に強く動揺していることがあります。駅員室へ連れて行かれ、 「触ったんですよね。」 「認めた方が早く帰れますよ。」 などと言われたことで、 「もう面倒なので認めてしまおう。」 と考えてしまう方もいるかもしれません。
しかし、実際には痴漢をしていないのであれば、事実と異なる内容まで安易に認めるべきではありません。
一度、 「自分が触りました。」 などと供述した場合、その後になって、 「やはりやっていません。」 と説明を変更すると、 「なぜ最初は認めていたのか。」 という問題が生じます。
もちろん、最初の供述だけですべてが決まるわけではありません。
突然疑われて混乱していたなど、供述が変化した理由を説明できる場合もあります。
もっとも、初期段階の供述は、その後の捜査において重要な意味を持つことがあります。
その場から早く帰りたいという理由だけで、事実と異なる内容を認めることは避けるべきです。
一方で、事実を認めるべき事件で無理に否認する必要もない
ここは非常に重要です。「痴漢事件では絶対に否認した方がよい。」 ということではありません。
実際に痴漢行為をしていたのであれば、無理に否認を続けることが適切とは限りません。
その場合には、
- 事実関係を認める
- 被害者への謝罪や示談を検討する
- 再発防止策を講じる
- 必要に応じて専門医療機関へ相談する
逆に、実際には行為をしていないのであれば、周囲の雰囲気に流されて認めてしまうべきではありません。
重要なのは、 「認めるか否認するか」を先に決めるのではなく、まず事実関係を正確に整理することです。
痴漢事件では供述が重要になることがある
痴漢事件では、防犯カメラなどの客観的な証拠があれば、それが重要な証拠となる場合があります。しかし、実際の痴漢事件では、満員電車内で問題となるケースが少なくありません。
車内や駅構内に防犯カメラが設置されていたとしても、
- 乗客が多数いる
- 人の身体が重なっている
- 手元が映っていない
- 問題となった瞬間が確認できない
そのような場合には、
- 被害者がどのような被害を申告しているのか
- 本人がどのように説明しているのか
- それぞれの供述に不自然な点がないか
- 供述が一貫しているか
- その他の事情と整合しているか
そのため、否認事件では、本人の供述を詳細に整理することが重要です。
客観的な証拠があればできるだけ早く確認する
供述が重要だからといって、客観的な証拠が重要ではないということではありません。例えば、
- 防犯カメラ映像
- 同行者の証言
- 周囲にいた人の証言
- ICカードの利用履歴
- 当日の位置関係を示す資料
特に防犯カメラ映像などは、保存期間が限られている場合があります。
したがって、必要な証拠が存在する可能性がある場合には、できるだけ早い段階で確認・保全を検討することが重要です。
同行者の証言が重要になる場合もある
事件当時、一緒に行動していた友人や知人がいる場合には、その方の証言が重要となることがあります。例えば、
- どの位置に立っていたのか
- 両手をどのようにしていたのか
- 被害を申告された直前に何をしていたのか
- 当時どのような状況だったのか
もちろん、同行者の証言があるだけで不起訴になるわけではありません。
その方と本人との関係や、実際にどの程度状況を見ていたのかなども問題となります。
もっとも、本人の供述を裏付ける具体的な証言が存在する場合には、重要な資料となる可能性があります。
否認していると逮捕・勾留されるのか
「否認すると逮捕されるのではないか。」 「認めないと釈放されないのではないか。」 と心配される方もいます。しかし、否認しているという理由だけで当然に逮捕・勾留されるわけではありません。
逮捕・勾留については、
- 逃亡のおそれ
- 証拠隠滅のおそれ
- 住居や身元
- 事件の内容
もっとも、否認事件では捜査機関が証拠隠滅のおそれなどを問題とすることもあり、身柄拘束が続くケースもあります。
その場合には、弁護人として、身柄拘束の必要性がないことを具体的に主張していくことが重要です。
勾留されても釈放を求めることができる
逮捕後、裁判官によって勾留が決定された場合でも、それで釈放の可能性がなくなるわけではありません。勾留決定に対しては、準抗告という手続によって、その判断を争うことができます。
準抗告では、
- 逃亡のおそれが低いこと
- 証拠隠滅のおそれが低いこと
- 家族などの監督が可能であること
- 仕事や生活への影響
- 事件の具体的状況
事案によっては、準抗告が認められ、勾留期間の途中で釈放されることもあります。
当事務所で扱った否認事件の解決例
当事務所では、痴漢行為を全面的に否認していた事件において、勾留決定に対して準抗告を申し立て、準抗告が認められて早期に釈放された事例があります。釈放後も捜査は継続しましたが、事件当日に本人と同行していた方から詳しく事情を聴取しました。
そして、その供述内容を電話聴取結果報告書として整理し、検察庁へ提出しました。
その結果、痴漢行為については不起訴処分となりました。
なお、この事案では、駅員との間で別途問題となった傷害行為については示談を行い、最終的に前科が付くことなく事件が終了しています。
もちろん、すべての否認事件で同じ結果になるわけではありません。
もっとも、この事例のように、 本人の供述を整理するだけでなく、それを裏付ける第三者の証言などを具体的な資料として捜査機関へ提出することが重要となる場合があります。
否認事件で不起訴になることはあるのか
あります。不起訴処分にはさまざまな理由がありますが、犯罪を立証するための証拠が十分ではないと判断された場合には、不起訴となることがあります。
否認事件では、
- 被害者供述の内容
- 本人供述の内容
- 双方の供述の整合性
- 防犯カメラなどの客観的証拠
- 目撃者・同行者の証言
- その他の客観的事情
そのため、 「否認しているから不起訴になる」 わけでも、 「被害届が出ているから必ず起訴される」 わけでもありません。
個別の証拠関係を丁寧に検討する必要があります。
痴漢をしていない場合にやってはいけない行動
その場を早く終わらせるために事実と異なる内容を認める
その後供述を変更した場合、なぜ最初の説明と異なるのかが問題となる可能性があります。実際にしていないのであれば、事実と異なる内容まで認めることは避けるべきです。
被害者を探して直接連絡する
「誤解を解きたい。」 という気持ちがあったとしても、被害者へ直接接触することは避けるべきです。証拠隠滅や働きかけを疑われる原因となる可能性があります。
SNSで自分の無実を訴える
事件についてSNSへ投稿することもおすすめできません。投稿内容が捜査上の資料となったり、被害者を特定するような内容から別の問題が生じたりする可能性があります。
記憶が曖昧な部分を推測で埋める
否認事件では、供述の信用性が重要となることがあります。覚えていないことについて、 「たぶんこうだったと思う。」 と推測を重ねて説明すると、後から客観的な資料と矛盾することがあります。
覚えていることと、覚えていないことを区別して説明することも重要です。
警察へ行く前に整理しておきたいこと
後日、警察から呼出しを受けた場合には、事情聴取の前に当日の状況を整理しておくことが有益です。例えば、
- 乗車した駅と時間
- 利用した路線
- 乗車した車両
- 車内の混雑状況
- 自分が立っていた位置
- 両手をどこに置いていたか
- スマートフォンや荷物を持っていたか
- 被害を申告された際の状況
- 同行者や目撃者がいたか
- 駅員室で何を話したか
記憶が新しいうちに時系列で整理しておくことで、その後の供述を正確に行いやすくなります。
弁護士へ早期に相談する意味
否認事件では、事件が進んでから初めて相談するよりも、早い段階で弁護士へ相談することに意味があります。例えば、
- 事実関係を整理する
- 供述方針を検討する
- 客観的証拠の有無を確認する
- 同行者などから事情を確認する
- 必要に応じて証拠保全を検討する
- 逮捕・勾留された場合には早期釈放を求める
- 検察官へ不起訴を求める意見や資料を提出する
特に、否認事件では初期段階の供述がその後の捜査へ影響する可能性があります。
警察から事情を聞かれる前の段階で相談することにも意味があります。
よくある質問
Q 痴漢をしていません。それでも逮捕されることはありますか。
あります。本人が否認していることと、逮捕されるかどうかは別の問題です。
もっとも、逮捕された場合でも、その後釈放を求める手続を取れる場合があります。
Q 駅員室で認めてしまいました。もう否認できませんか。
最初に認めたという事情は、その後の捜査で問題となる可能性があります。もっとも、それだけで事件の結論が決まるわけではありません。
なぜそのような供述をしたのかを含め、事実関係を整理する必要があります。
Q 防犯カメラを見れば無実だと分かりませんか。
防犯カメラ映像が重要な証拠となる場合はあります。一方、満員電車内では、問題となった行為や手元が明確に映っていないケースもあります。
映像だけで結論が決まるとは限りません。
Q 同行していた友人の証言は証拠になりますか。
重要な資料となる場合があります。具体的に何を見ていたのかなどを確認し、必要に応じて供述内容を整理して捜査機関へ提出することも考えられます。
Q 否認していても不起訴になりますか。
不起訴となるケースはあります。本人と被害者双方の供述、客観的証拠、第三者の証言などを踏まえて検察官が処分を判断します。
まとめ
痴漢をしていないにもかかわらず疑われた場合には、まず事実関係を正確に整理することが重要です。特に痴漢事件では、満員電車内などで問題となることが多く、防犯カメラ映像だけでは行為の有無が明確にならないケースもあります。
そのため、
- 被害者の供述
- 本人の供述
- 防犯カメラなどの客観的証拠
- 同行者や目撃者の証言
- その他の客観的事情
また、
- その場を早く終わらせるために事実と異なる内容を認める
- 被害者へ直接接触する
- SNSで事件について発信する
- 記憶が曖昧な部分を推測で説明する
一方で、実際には行為をしていたのであれば、無理に否認を続けるのではなく、示談や再発防止を含めた別の対応を検討する必要があります。
否認事件で重要なのは、「否認を貫くこと」それ自体ではなく、実際に何があったのかを正確に整理し、それに沿った一貫した対応をすることです。
痴漢行為をしていないにもかかわらず疑われている場合や、警察へどのように説明すべきか不安がある場合には、できるだけ早い段階で刑事事件を扱う弁護士へ相談することをおすすめします。